RS FANTASY

りくそらたのファンタジー小説おきば。
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LOVE PAHNTOM第2章 ファントム-6-  
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第2章 ファントム-6-

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| LOVE PHANTOM 第2章 | 20:29 | - | - |
LOVE PAHNTOM第2章 ファントム-5-  
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第2章 ファントム-5-

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| LOVE PHANTOM 第2章 | 13:14 | comments(0) | - |
LOVE PAHNTOM第2章 ファントム-4-  
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第2章 ファントム-4-

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水の中へ飛び込んだジェイは、漂うアイシェの腕を掴み男から引き剥がす。
未だ体力が残っていると思われたが、水中でのラグナの圧力は相当なもので男の体力も限界に近く、引き剥がすのは思った以上に簡単だった。
アイシェを引き寄せると、その体を強く抱きしめた。

その瞬間。
外から伸びてきた小さな手によって、ジェイはアイシェごと水中から引きずり出された。
「っはぁ…っ!!!」
床に座り込み、派手に肩で息をする。
脇腹を押さえるとドクドクと波打つように血が流れた。
傷の痛みと呼吸もままならない状況に、頭がくらくらする。


「そんな体で無茶な事を」
ふたりを引きずり出した張本人リリが、呆れたように声を上げた。
「無理は承知だ…っ。
あのおっさん…、アイシェを殺す気か…っ」
「黙って。それ以上しゃべると傷口が開くから。早急に応急手当だけでも…」
そう言って伸ばした手を、ジェイは撥ねつけた。
「こっちが先だ。息、してねぇ…っ」
腕に抱いたアイシェの顔を叩く。
「────アイシェ!アイシェっ!!」
ぐったりしたまま返事がない。
「かなり水を飲んだみたいですね。それに、脈がない」
「くそっ!」
腕の中でアイシェの体は冷たくなり、どんどん色を失っていく。
このままでは意識を取り戻す事はないだろう。
早急にそれなりの処置をしなければならない。

「心肺蘇生術をしましょう」
「ああ。俺がやる」
「俺がって、できるんですか?」
リリが眉を寄せる。
「馬鹿にすんな」
ジェイはアイシェの体を床に横たえると、青ざめた口元を開き気道を確保する。
鼻をつまみ、大きく息を吸い込むとアイシェの唇を自分の唇で塞いだ。
初めて触れた唇は驚くほど冷たく、人としての生を全く感じられない。
それでも諦めず、ゆっくりと確実に息を吹き込む。
(────頼む!間に合ってくれ!!)
あばらに添って圧迫する箇所を探し、心肺蘇生を施す。
息を吹き返す事だけを祈りながら、正確に確実に。



「────っ、ごぼっ…っ!」



何度か繰り返しているうちに、アイシェが派手にむせ返り水を吐いた。
「────ジェイさん!!」
リリが弾かれたように顔を上げた。
手を当てた箇所に脈が触れる。
胸の膨らみがゆっくり上下する。
何度か激しい咳を繰り返してそれが落ち着くと、ぼんやりと瞳が宙を彷徨った。


「……ジェ…イ…?」
翠の瞳が、ジェイを捕らえた。
「大丈夫か?」
ゆっくりと背中を支えながら体を起してやる。
「…私…」
アイシェの顔がわずかにほころび、次の瞬間泣きそうになった。
知っている顔が近くにあることの喜びと安心感。
村からさらわれ、頼りにしていたジェイとは離れ、疑いもしていなかったエドに裏切られ、ここではひどい扱いを受けさぞかし怖い思いをしてきただろう。
胸中を考えると居た堪れなくて、その震える小さな体を思わず抱き寄せた。
「もう、大丈夫だ」
そうアイシェに告げた時だった。


「────限界だ!! 手を貸せっ!!!」
ジルが叫んだ。
その瞬間、男を包んでいた水球が裂け、辺りに水が広がる。
その量はかなりのもので、気を抜くと水圧に流されてしまいそうで思わず抱きしめた腕に力を込める。
「…がほぉっっ…!!! ……ゴホッツ、ゴホぉッ!!!」
水から開放されたローグが、派手にむせ返る。
かなりの疲労感は見られるが、命に別状はない。
男の体力が尽きる前に、ジルのラグナが限界に達したのだ。
普通の人間ならとっくに命が尽きた時間だ。
敵ながらその体力は天晴れだ。
「……貴様らっ…許さんぞっ…っ!!」
怒りの炎を燃やし、威嚇するように睨みつける男の顔は、先ほどとは随分違った形相で、物の怪のような凄まじさを感じた。
震え上がるアイシェを抱きしめ、懐にしまったダガーに手を掛ける。
いつでも懐に飛び込む覚悟は出来ていた。
アイシェも手元にある。
こいつさえ抑えられれば、あとは心配ないだろう。
そう思って握る手に力を入れた瞬間だった。

風を感じて。
一瞬そっちを振り返ろうとした時。
もうすでに男の背後に回ったリリが、首筋に短刀を突きつけていた。


「────覚悟してもらいましょうか?」



決着は思ったよりもあっけなかった。





>>To Be Continued
| LOVE PHANTOM 第2章 | 10:27 | - | - |
LOVE PAHNTOM第2章 ファントム-3-  
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第2章 ファントム-3-

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「何、ちんたらやってんだ!!」
突然、天窓を割って飛び込んできた男は、偉そうに高いところからこちらを見下ろした。
無精ひげを生やし、ぼさぼさの髪にボロボロの身なり。
格好こそまるで浮浪者のようだが、闘志を燃やす鋭く藍い瞳や貫禄のある立ち居振る舞いは、まるで救世主のように見えた。

「…あの時の…」

アイシェが声を上げた。
捲し上げられた右腕から覗く、立派な鷹の刺青には見覚えがある。
船の酒場で助け舟をだしてくれた男、ジルだ。


「何で、こんなところに…」
「だから言っただろ? 気をつけろって。わしはちゃんと忠告したはずだぜ?」
そう言うと、大きな体からは想像できないくらい軽やかに天窓から飛び降りた。
「…貴様っ、生きていやがったか!!!」
「残念だったな、ローグ。わしはしぶといんでな。体勢を立て直すには時間がかかったが、そう簡単にはくたばらんよ」
「…ローグ?」
「その男の名前だ」
顔をしかめ嫌そうに赤毛の男を指差す。
「知り合いだったのか?」
「わしはずっと、こいつを追ってたんだ」
そう言ってジルはローグと呼んだ赤毛の男を睨みつけた。

「それより、どうしてここが」
ジルとは船でアイシェを見送った後に言葉を交わして以来、会っていない。
どこで船を降りたのかさえ知らなかった。
「お前さんとその嬢ちゃんが話している時、気になる事を小耳に挟んだんでな。何か匂うと思って見張らせてもらってたんだよ」
やけに親切に付きまとうとは思っていたが、これでつじつまが合う。
ずっと見張られていたのだ。
「そいつ」
「え?」
「トロイの港でそいつに会ったよな? その時に見えたんだ」
「何が?」
「腕のシンボルが。それに俺の嫌いな匂いがプンプンしてやがった」
その言葉にバツが悪そうにエドが左腕を押さえ、チッと舌打ちをした。
「…それ、火傷じゃなかったの?」
エドの左腕の傷。
袖から見え隠れする程度しかわからなかったが、火傷の跡にしてはあまりにも綺麗すぎた。
皮膚が焼けた後の独特な匂いもしなかった。
どうりで触らせようとしなかったわけだ。

「わしは目と鼻はすこぶるいいからな」
「気づいてたなら言ってくれよ!」
「そこまでお人よしじゃねーよ。でもちゃんと忠告はしてやっただろう?」
「オレはてっきり…」
はめられたのかと思った、という言葉を飲み込んだ。
それは勘違いだった事がたった今、証明されたのだ。



「ハッ!! とんだ茶番が入ったが、雑魚が一匹増えた程度だ」
「うるせー! てめーにやられた事は倍にして返すぜ! 覚悟するんだな!!」
そう言うと、
「リリ!!」
ジルの合図でどこから現れたのか、突如人影がジェイの前を横切った。
その影は一瞬で、広間の両端にあった小さな石造を叩き割る。
ツンと嫌な匂いが鼻をついた。
異臭ともいえるその匂いに、思わず顔をしかめる。

「何を…」

「あの石造の中には蛇香といって、闘争心や憎悪を掻き立てる香が入ってる」
見えない煙を払うかのように、ジルが手をひらひらと振った。
「ここの者が強いのは、暗示をかけられて、この蛇香の匂いで操られていたにすぎないのよ」
ジルとは反対側の足元で声がした。
「お、お前…」
たった今、石造を叩き割った人物がすぐ側まで帰ってきていることに驚く。
風のような素早い動きにも驚いたが、何よりもその風貌を見てギョッとする。

肩までの灰色とも銀色とも取れる真っ直ぐな髪を、横だけリボンで結い上げ、顔をすっきりと出した顔立ちは、意思の強さを象徴させるきりっと釣りあがった目鼻立ちをしている。
小さな唇を一文字に結び、手を腰に当てて横目だけでじろりと睨みつける偉そうな態度。
何よりも驚いたのは、ジルの腰の高さにも満たない背。
ずば抜けて体格のいいジルではあるが、それにしても小さすぎる。
小柄なアイシェよりもかなり小さい。

「そいつはわしの相棒、リリィ=ロンだ。通称風のリリ。小さい体で風のように動く」
「…子ども、だよな…?」
しかも女の子だ。
まだまだ親元にいるのが当たり前で、無邪気に走り回っていそうな年頃の少女だ。
「人を見かけで判断しちゃいけねぇ。こいつは見た目以上の働きをするからな」
「…ていっても。この子、十歳かそこいらじゃ…」
「十歳ですけど、何か?」
キッと目だけでジェイを睨みつける。
人を射抜くような鋭い視線に、思わず、うっと言葉を詰まらせる。
ジルがくくっと笑みを漏らした。
「うちの隊は年齢や性別、種族は関係ねぇ。重要なのは実力と度胸、だ」
「あ、ああ…」
半信半疑な表情でジェイは頷く。
信じられない。
こんな小さな子どもを連れて、こんなところに乗り込んで。
ジルとは一体何物なのだろう。
右腕の立派な鷹の刺青。
それを持つ海の男の噂を耳にした事がある。
でもそれは、こんなところにいるはずのない人間の噂だ。ありえない。
しかし、リリと呼ばれた少女の服装。
Vネックのカラーに背中の四角い襟をモチーフにした上着。
あの襟は海の風を切って走る航海士の象徴、セーラーカラー。
胸元に縫い付けられた勲章。
それに印されたラインと星の刺繍は、階級を表す証ではないのだろうか。

「女、子どもだからって馬鹿にしてます?」
リリがちらりとこちらを見上げた。
不満そうな顔で睨みつける。
「言っときますけど、あなたなんかよりは場数を踏んでいますから」
見くびらないでくださいね、と付け加える。
そんなつもりはないが驚きを隠せなかったのは事実だ。
それを表立って出したつもりはなかったのに。
こちらの考えなんてお見通しだ。
「ほら、効果がでてきましたよ」
そう言ってリリが振り返った先に目をやると、部屋にいた兵士達がバタバタとその場に倒れこんでいた。
同じくエドも頭を抱え込むようにしてして倒れる。
蛇香に操られていたというのは本当だったようだ。





「…これで、エドも操られてたのか───」


確かに、部屋に入ってきた時に嫌な匂いがした。
気のせいだと思っていたが、それこそが蛇香だったのだ。
エドがその匂いに気付かなかったのは、もうすでに体に染み付いていたからだ。
「自分の都合のいい方だけに解釈するなよ、坊主。
言っただろう? この匂いは憎悪や闘争心を掻き立てるって。もともと何かに対する怒りや憎しみがなけりゃ、この匂いは無効だ。
蛇香が利いたってことは少なからずも、お前さんに対してそういう気持ちがあったってことだ」
ジェイは床に倒れこんだエドを見つめた。
憎悪をむき出しにして、襲い掛かってきたエドの顔。
兄弟のように長年連れそってきたジェイに殺意を抱くほど、セイラの死は彼に絶望と深い悲しみを与えた。
そこにまんまと付込まれ、ローグによって憎しみと闘争心を植え込まれた。
セイラを失くし、生きる希望を失ったエドは、その怒りの矛先をジェイに向けた。
それを受け入れざるを得ないほど、エドにとってセイラの存在は大きく、そうでもしないと生きて行けなかったのだろう。
ジェイだってそれは同じだ。
ひどい絶望と悲しみ、自分の犯してしまった過ち。
なぜあの時、セイラを救えなかったのだろう。
何度思い出しても悔やみきれない後悔の念。
それでも自分にはアイシェがいてくれた。
セイラの死に直面し、どうしようもない悲しみと自分の無力さに絶望していた時。
アイシェが優しく抱きしめてくれた。
ひとりでいれば抱えきれなかったであろう悲しみを、包み込んで溶かしてくれるような温かさを、今でも確かに覚えている。
アイシェを助けたつもりが、彼女に救われた。
アイシェの支えがなかったら今頃、エドと同じような道を辿っていたかもしれない。
人間はひとりでは生きていけない弱い生き物だ。
同じ絶望を味わいながら、明暗を分けた二つの選択肢。


占いに長けたセイラ。
彼女が見えた未来にはそれが映っていたのだろうか───。





「さて、と」
蛇香の効果がなくなった事を確認すると、ジルがあらためて男に向き直った。
「ここに来る前に、島にあった蛇香は全部ぶっ壊させてもらったぜ? それとな、外は押さえさせてもらった。
な〜に、簡単だ。もともとは半分以上がうちのクルーだ。いろいろと過酷な労働を強いられてたようだが。蛇香が利かなくなった今、お前に付く理由はないからな」
その言葉に、ジェイは目を丸くする。
いつの間にそんな手配をしていたのだろう。
人質を捕られていたとはいえ、ローグを入れても数人ほどの相手になすすべもなかった自分とは比べものにならない。

「言っておくが、お前の部下も半分寝返ったぜ? てめーのやり方には付いて行けないんだとよ」
「…何だと?」
男の片眉がピクリと上がった。
「当たり前だよな? お前のような独裁主義者に、ついて行けるはずがねぇよな」
ジルは貫禄たっぷりの表情で、男を睨みつけた。
怒りを露にローグの握りしめた拳がわなわなと震える。

(何なんだ、この威圧感は────)

身なりこそ浮浪者のようだが、ジルの堂々たる態度はただの船乗りとは思えない貫禄と威圧感がある。



「…おっさん、あんたは一体…」

聞かずにはいられない。
右腕に鷹の刺青のある男の噂。
それが確かだというのならば───。





「おっさんおっさんって、失礼な人ですね」
ため息混じりにリリが呟いた。
「本来なら、めったにお目にかかれないようなお人ですよ」
そう言って口の端に笑みを乗せる。
その言葉で確信した。
「じゃあ、やっぱりあの右腕の鷹は────」

「彼はジルバード=G=ブラッド。
テリウスの海軍将校です────」

「────!!」




ジェイは目を大きく見開いた。
ただの船乗りにしては貫禄があり、カリスマ性もハンパなかった。
その理由がはっきりとわかった。
海に出れば右に出るものなしと歌われたあの、ジルバード=G=ブラッド。
その本人が目の前にいる。
ジェイは体の底から震えが湧き上がるのを感じた。
こういうのを武者震いというのだろう。

「これを」
耳打ちするようにリリがそっと何かを手渡した。
薄い布に包まれた硬い感触。
そっと布を開くと立派な鞘に収められた一本の短刀が出てきた。
「ダガーです。殺傷能力は落ちますが、ないよりマシでしょ」
その言葉にフッと笑みがこぼれる。
「何ですか?」
「いや…。こっちの方がありがたい」
かなり使い込まれたそれは、鞘から抜き出すとキラリと青白く光った。
手入れがほどこされた立派なものだ。
上等な彫刻が刻まれた柄は、驚くほどしっくりと手の平に収まった。
手負いの状態の体には、肩から振り上げる剣よりも、手首の動きだけで使える短刀やダガーの方が随分負担が軽い。
「サンキュー」
これで懐に飛び込める。



「さて、ローグさんよ。逃げ場がなくなったけど、どうする?
この場にいるたった数人の部下と一緒に戦って心中するか、それとも命乞いをして牢獄の中で惨めに生き延びるか。選択肢はふたつだ」
ジルは貫禄たっぷりな余裕の笑みを浮かべながら、じわりと歩みを寄せた。
「ま、どっちも惨めな最後だよなぁ?」
そう言ってじわりと間合いを詰める。


「チッ!!」
男はバツが悪そうに舌打ちをすると、側にいたアイシェの体を引き寄せた。
キャッっと、小さな悲鳴が上がる。
「この女の命がおしけりゃ、そこを通すんだな。かわいい顔に傷がつくだけじゃ済まないぜ?」
口の端をニヤリと引き上げ、腰元から抜いた短刀の刃先を喉元に当てる。
「俺が逃げ延びるまで、誰一人そこを動くなよ?」
アイシェを盾に、男はじりじりと退路を取る。
抱えられ、喉元に刃を突きつけられて身動きもできない上に、術を使うラグナはおろか、体を支える力さえも残っていないアイシェには、そこから逃げ出す力はなかった。

「アイシェ…っ!!」
「来るなっ!!それ以上、近づくんじゃねぇ!!」
「…くっ」
なおも首筋に短刀を突きつける男に、これ以上近づくのは危険だ。
人の命なんて何とも思っていないようなやつだ。
いくら気に入った娘とはいえ、自分の命の為なら平気で傷つけるだろう。


「やっぱり捕虜を救出することが、先でしたね」
だから言ったでしょう? と、特に驚いた様子も見せずリリが呟いた。
「計算外だ」
「計算なんてしていないでしょうが。いつも思いつきとはったりで動いちゃうくせに」
ふたりには焦りや憤りが見られない。
どこまでも余裕で冷静だ。
「考えんの、苦手なんだよなぁ」
「それが人の上に立つ者のセリフですか?」
情けない、とリリがため息を漏らす。
「…要は、無事救出できればいいんだろう」
「そうです。くれぐれも、私情を挟んだ感情だけで動かないでくださいね?」
「わーってるって」
ジルはチッと舌を鳴らすと、じりじりと逃げ場を作ろうとする男から目を離さないようにジェイに囁いた。
「───坊主。嬢ちゃんを助けに飛び込む度胸はあるか?」
「ああ」
強く頷く。
もともとそのつもりだった。
リリからダガーを渡された時点で、隙あらば懐に飛び込む覚悟はあった。
ただアイシェを手元に取られ、きっかけを失ったまでだ。
「よし、いい返事だ。リリ!」
「はい」
リリが作戦を小さく耳打ちした。






「────え?」

耳を疑うような内容に、動揺の色が隠せない。
それでも信じろ、と強い瞳がこちらを見つめてくる。
嘘、偽りのない意志の強い瞳。
今はそれを信じて従うしか道がない。



「いいか? 合図をしたら飛び込め。合図をしたら、だ。それまで決して動くなよ? 何があっても耐えろ!」
「…それで、助けられるんだな?」
「そうだ」
「わかった。アイシェをあいつから助け出せるなら、あんたの言う通りにするよ」
覚悟を決めてジェイが力強く頷いた。
普段なら力ずくでもアイシェを奪い取りに飛び込むが、深手を負った今の状態では到底無理だ。
部下を失ったとはいえ、相手はアサシンを牛耳る統領。
その辺の雑魚のように簡単にねじ伏せられるとは思えない。
押さえた掌から溢れる血が、まだ止まる気配がない。
少しでも気を抜けば、そのまま気を失ってしまいそうなひどい痛みだ。
本当は立っているだけでもやっとの状態だった。


「じゃぁ、行くぜ!!!」
ジルの言葉に再度、力強く頷く。
その瞬間だった。
「なっ…!?」
ジルの合わせた手の合間から水が迸り、次の瞬間、逃げる間もなくアイシェを抱きかかえたままの男を飲み込んだ。
球体がふたりを包み込む。

「……っ……!!!」

ふたりは声にならない悲鳴を上げた。

「……!!……!!!」

手が虚しく水を切る。
水から出ようともがくが、それは容易ではない。





「────水のラグナ…っ!?」

ごくりと息を飲む。
テリウスの海軍将校は水を自由自在に操り、海の力をも我が物にする。
そんな噂を耳にした事がある。
そのずば抜けた能力とラグナの力で、若くして海軍トップまで登りつめたという。
その力を目の当りにした。
何もないところから水を引き出し、それを自由自在に操る力。
それはかなりの精神力とラグナを使うのだろう。
常にそこにある風を引き寄せて操る自分のラグナとは種類が違う。
ジルは両手を胸の前に組み合わせた状態で、ラグナを維持している。
これだけの水を維持し、操れるなんてたいした精神力だ。


一緒に水に閉じ込められたアイシェの細い腕が水を切り、外に抜け出そうとするがどうにもならない。
長い髪が水中を舞う。
「おっさん!!」
今にも息切れてしまいそうなその表情に、ジェイはたまらず声を上げた。
「まだだ! 耐えろといっただろ!?」
「けどっ!!」
ジェイは拳を強く握りしめる。
今すぐに、アイシャを水の中から引き出してやりたい。
「自力で出ることはできません。水から出られるのはこちらのラグナが尽きたときか、相手の命の尽きた時────」
行く末を見守るリリが、淡々と告げた。
「それじゃ、アイシェが!!」
先に事切れてしまう。
「チャンスはあります。ローグが彼女を放したとき、水から彼女だけを引きずり出してください。今、やれば彼女を掴んでいるローグごと引きずり出しかねない。辛いでしょうが今は耐えてください」
そう言ってリリは二人を見つめる。

「────くそっ!」
ジェイは拳を握って、唇を噛み締める。
覚悟を決めた以上、行く末を見守るしかなかった。
水の中に溶けてしまいそうな表情で、アイシェが外を見つめる。
ラグナを吸い取れられて体力もさほど残ってないだろう。
それどころか、相手はもと海賊、海の男だという。
アイシェよりも先に力尽きるなんてあるのだろうか。

もし先にアイシェが力尽きたら────。

ジェイの脳裏に不安がよぎった。





「────ジルさんっ!!」
リリの声に、ジェイは弾かれたように顔を上げた。
悪い予感が的中した。
見守る先に水の中に漂うアイシェの姿が見えた。
力尽きたのだ。

「おっさんっ!!!」
「まだだ!!」
ジルが声を荒立てる。
男は苦しみながらもアイシェから手を離そうとしない。
それどころか苦痛に顔をゆがめながらも、こちらを睨みつける。

────この娘の命がおしければここから連れ出せ!!

そう言わんばかりの貪欲で、挑戦的な目だ。


「ジルさん、このままでは彼女の命が!!」
「わかっとるわ!! …くそっ!」
ジルは吐き捨てるように呟くと、精神を統一する。
もう少し長くアイシェの体力が持つ計算だった。
それなのに一刻と持たなかった。
制御リングという指輪に力を奪われ、思った以上に体力の消耗が激しかったのだ。
「…やっぱり、計算は苦手だな…っ」
ジルが眉を寄せた。
本来ならもっと早くにけりがつくはずだったのに。






「────もう限界だ」


ジェイが小さく呟いた。
全てにおいて、限界だった。
傷つき弱っていくアイシェを見るのも、何もできない自分にも。

「あんた、後は頼む」
「え、頼むって…あっ!」
リリが聞き返したのと同時。
止める間もなく、ジェイがふたりを包む水の中に飛び込んだ。

「ジェイさんっ!!」
「あの…馬鹿がっ…!!」
ジルが吐き捨てるように言った。
「ただでさえこの中は、すごい水圧だぞ…っ。ただの水の中とは、ワケが違う!しかも傷口が塞がっちゃぁいねぇくせに。…死にに行くようなもんだ…っ」
それでもラグナを止めるわけには行かない。
男は未だなお、くたばってはいないのだ。
ここでやめれば作戦は振り出しだ。
「リリ、準備しておけ」
「わかってます」
見守るリリが静かに頷いた。




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| LOVE PHANTOM 第2章 | 23:31 | comments(2) | - |
LOVE PAHNTOM第2章 ファントム-2-  
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第2章 ファントム-2-

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「ジェイっ!! ジェイーーっ!!!」
アイシェの悲痛な声が部屋いっぱいに響いた。
今すぐ駆け寄りたいのに、体が思うように動かせない。
もどかしい思いが体の中を駆け抜ける。
ジェイから流れ落ちた血が、床に血の海を作る。
こんな光景は前にも見た。知ってる。
無残に床に横たわるセイラの姿。
何も出来ず冷たくなっていく体。
ついさっきまで普通に話したり笑ったりしていた人が、どんどん冷たくなっていく恐怖。
どうにもならないもどかしさと、自分の無力さを思い知った瞬間。
もうあんな思いをするのは二度と嫌だと思っていたのに、人の命はなぜこんなにも儚くもろいのか。
自分が何の為に存在しているのかさえ、分からなくなる。

駆けつけて癒しの術を使いたい。
今ならまだ間に合うかもしれない。
早くしないと取り返しのつかないことになる。
もう、人の死に行く様を見るのは二度とごめんだ。
ラグナさえ、使えれば────。



「おっと、何をする気だ?」
アイシェの異変に気づいた男が耳元で囁いた。
熱を帯びたざらりとした不愉快な声に、悪寒が走り鳥肌が立つ。
「あなた…絶対に許さないからっ!!」
「どう許さないつもりだ?」
男が不敵な笑みを浮かべ、耳元へ唇を押し付ける。
「やれるもんならやってみろ」
息を吹きかけるように耳元で囁いた。
体が、嫌悪に震えた。
「自分の命を削ることになってもいいのなら、勝手にすればいい」
アイシェの表情を面白そうに窺いながら、勝ち誇ったように笑う。


(馬鹿にしてる!)

憤りを感じる。
女としての弱い立場に追い込まれ、無理を強いられる。
自分はいつも無力で、何もできない。
ただ助けを待つことしかできなかった。
あの時も、今も───。


ジェイはいつだって全力で助けようとしてくれたのに、自分は足手まといになるだけで、何もできない。
彼を傷つける事しかできなかった。
「…っ…」
悔しくて噛み締めた唇。
じわりと涙が浮ぶ。
(泣いてなんかいられない。私にもできる事があるんだから)
できることがあれば、ただひとつ────。





アイシェは押さえつけられた腕の間から、必死に手を伸ばす。
自分の体をすっぽりと覆う巨体からの動きはそれが精一杯だ。
術が届けば、癒しの光が届けば、ジェイは助かるかもしれない。
今ならまだ間に合う。
何もせず見ているだけなんて、二度とごめんだ。

「…っぁぁあああぁぁーーーーーっ!!!!」

手を伸ばし、ラグナの力に意識を集中した瞬間。
アイシェは悲鳴に近い声を上げた。
体と脳に激痛が走る。
締め付けられるような、電撃が身体中を駆け巡るような激しい痛み。
まるで魂が、伸ばした指先から吸い取られていくかのように、生気が指先から抜けていく。
「やめておけ」
男が唇の片隅を上げながら、耳元で囁いた。



「…ッ、イヤ…よっ…」

それでもなお、諦めない。
諦める事ができない。
自分にできることは、これしかないのだ。
セイラの時も、ジェイの時も。
自分の為にふたりが傷付いた。
自分さえしっかりしていれば回避できた事なのに。

(私のせいなの。だから────)


抜け出た生気を吸い込むように、精一杯息を吸い込む。
「無駄なのが分からないのか? 馬鹿な女だ」
男に後ろから顎を強く掴まれる。
「…っう…!!」
指が頬に喰い込み、顎の骨が砕けそうだ。
それでもなお、残りの力を振り絞って床に転がって青白くなっていくジェイに手を伸ばす。




(────お願い、届いて!!)


「…っ…ひぃ…ぁぁあああっ……っ!!!」

願いも虚しく、アイシェの切ないまでの絶叫が部屋に響いた。
全身から命の欠片がポロポロとはがれ落ちていくかのように、力が抜けていく。
立っていることさえままならないほどの脱力感が、アイシェを襲う。
もう支えられて立っているのが精一杯だ。

癒しの力は。
ジェイには届かない────。




「だから言っただろう、無駄だと」
男の乾いたような声が聞こえた。

「…ジェ、イ……」

声はもう、届かない。









ピクリ。
ジェイの体が動いた気がした。


「…ジェ…イ……?」

小さく呟く。
崩れ落ちていくような意識の中、幻でも見たのだろうか。
それでもなお、生きていてほしいとその名を呼ぶ。

「ジェイ! …ジェイ…っ!!」



ピクリ。

その手が小さく動いた。
今度は幻でも見間違えでもない。
床にうつ伏した手が、確かに動いたのだ。



「────ジェイ…っ!!」



「…てんめぇ、アイシェに、何をした…っ!?」
呼びかけに答えるように、ジェイがゆっくりと顔を上げた。
震える手で体を支え、渾身の力で奮い立たす。
脇腹を押さえた手から、ポタポタと赤い血が滴り落ちた。



「ほお…。まだくたばってなかったか」
しぶといな、と馬鹿にしたような顔がジェイを見下ろした。
「…アイシェにっ、何をした…っ!?」
「あん? 俺は何もしてないぜ。こいつが勝手にやったことだ」
「…何を…っ」




「────これだ」

男は抵抗する力さえも残っていない人形のようになったアイシェの腕を取ると、その手をかざす。
その不可解な行動にジェイが目を細めた。


「“呪術制御リング”。ラグナを吸い取る指輪だ」
「…指、輪?」
ジェイの方へとかざされたその細い指にはめられたリングが鈍く光った。
見たことも聞いたこともない代物だ。

「これはお前達のような能力者を対処すべき品として、作られた指輪だ。まだ試作品ではあるが、なかなか役に立つ」
「俺たちのような、能力者…?」
「お前達のようなラグナを術として使える者達、すなわち能力者だ。
ラグナの力を術にして使おうとすると、指輪に施した呪譜によってその力を吸い取る。身を削るような激痛を伴ってな。この女はそれをわかっていながら、ラグナを使おうとした。自分の命が削られる事を承知の上で」
馬鹿な女だ、と鼻で笑う。
「…くっ!!」
「これは指輪をはめたものにしか外せない。すなわち、俺にしか外せない」
勝ち誇ったような顔でジェイを見下ろす。
「俺のものだという印だよ」
厭らしい笑みを浮べながら、指輪をはめた細い指に唇を押し当てる。
アイシェはもう、拒絶の態度を見せない。
支えられて立っているのが精一杯だ。



「もうラグナは使えまい。かろうじて命の灯が残っている程度だ。使えば、次が最後だ────」
「テメーはっ!!どこまで卑怯なんだよっ!!」
ジェイは吐き捨てるように叫んだ。





(────どうすればいい!?)




かろうじて急所は外れたものの、傷はかなり深い。
武器になりそうなものは手元にない。
アイシェは男の手の内だし、エドまであちら側だ。
このままなすすべなく終わってしまうのだろうか。
秘策もなく、ここへ乗り込んできたのはやはり無謀だったのだろうか。
(────考えろ!)
こんなところでくたばるわけにはいかない。
まだ目的は何も果たしてはいない。


「そうだな。このまま簡単にくたばるのを見てもおもしろくない。
お前にチャンスをやろう。生き延びるチャンスだ。死にたくないなら、そいつを殺せ」
「なっ…!!」
男の指差した方角。
それを見てジェイは絶句する。
そこには短刀を片手に、今は主になった赤毛の男の指示を待つエドの姿があった。
男の言葉に驚く様子も見せず、ただ指示を仰ぐ。
憎しみの炎が静かに燻っているのが肌で感じ取れた。




「そいつはお前に復讐するためだけに、ここへ入ってきた。この女をさらって来たのもそいつだ」
「…エド、が……?嘘…だろ?」

「……」

「…エド、今の本当か…?」


「…」




「エドっ! 答えろよっ!!」




親友の名前を強く呼ぶ。
「…僕、は───」
体が一瞬、ピクリと跳ねてその重い口を開く。
「僕には、神の祝福が与えられなかった」
「…何の事を言ってるんだよ?」
言っている意味が分からない。
「ジェイやセイラみたいに、ラグナの力を術として使えない。僕は無力なんだ…!」
吐き捨てるように唇を噛み締めた。
強く噛んだ唇から血が滲む。




「それは違う! そんなこと関係ないっ!!」
「関係、ない…?」
「第一、ラグナの力を術として使えるのはほんの一握りで、使えない方があたりまえなんだ。それだけで神の祝福がないなんて…」
「そうだよ。そんなの分かってる。
それでも僕はセイラがいればそれでよかった。僕の分も彼女が祝福を受けているんだ、そう思えば幸せだった。
なのにどうして!? どうしてそいつが生きて、セイラが死ななきゃならないんだ!! その女の代わりにセイラが死んだ!!」
憎しみの炎を剥き出しにして、アイシェを睨みつける。
男の腕の中でアイシェの顔が辛そうに歪んだ。
「それは関係ない! アイシェは無関係だ!」
きっかけはどうであれ、アイシェも被害者のひとりだ。
でもその声はエドには届かない。



「許さない! そいつもお前も!!
ふたりに復讐できるのなら、何でもよかった。ここへの勧誘は僕にとって、好都合だったよ───」

カシャン。
短刀の柄を強く握りしめる乾いた音が響いた。
静かに怒りの炎を燃やし、セイラを死に追いやった自分やアイシェへの復讐だけに生きる顔。
それはジェイが昔から知っている親友の顔ではなかった。



「エド、お前は何か勘違いしてる! セイラが死んだのはアイシェのせいじゃない! 俺のせいだ!!」
自分を庇って命を落とした。
あの光景は、一生忘れないだろう。
これから死ぬまでずっと、自分が背負っていかなければならない十字架だ。





「そんなの、違う…」

小さな声がした。

「ジェイの、せいじゃない、よ…。悪いのは、私。
私があの時、掴まったりしなければ…。私が油断、した…から…」

「アイシェ…───!」



駆け寄ろうとした道を簡単に絶たれてしまう。
傷が深いせいで、体がいう事をきかない。
思ったよりも受けたダメージは大きかった。
「ふ〜ん。セイラが死んだっていうのに、ふたりでよろしくやってたんだ」
エドはゆっくり歩み寄ると、頬にピタリと剣先を突きつけた。
顔を耳の側に寄せる。



「───好きなんだ、アイシェの事」



ジェイにだけ聞こえるように呟いた。




「…なにを───」
「ジェイがこんなにも必死で人に執着するの、初めて見たよ」

口の端に笑みを乗せる。

「それは───、っうっ…!!」

言葉を発する前に、ジェイはその場に崩れるように座り込んだ。
エドの拳がみぞおちに入った。
押さえる手から血が溢れる。


「…ジェイ…っ! ジェイっ…!!」
自分を呼ぶ声が遥か遠くに聞こえる。
激痛に意識が跳びそうだ。



「そんなの、どっちでもいいよ。セイラは死んだんだ」


冷めた目でジェイを見下ろした。
「言っただろ? 仇を取る為なら、利用できるものは利用させてもらうって。今のジェイはちっとも怖くないね。負ける気がしない。そうやって意識を保っているのも精一杯じゃないのか?」
エドが馬鹿にしたように笑った。
人を見下した乾いた笑み。
幼い頃から知っている優しくて穏やかなエドのそれとは違う、冷酷な笑み。
エドは変わってしまった。
変えたのは自分だ。
セイラが死んだ事でエドは変わってしまった。
愛しいものを失くすというのは、こうも人を変えてしまうのだろうか。
憎しみの矛先の違い。
セイラを失くしたことでジェイは攫った者を憎み、エドはそのきっかけとなったジェイやアイシェを憎んだ。
そうでもしなければ、やりきれなかったのだろう。
憎まれて当然だ────。


「チャンスをやろう」
男が口を開いた。
それと同時に一本の古びた剣がジェイの前に投げ込まれた。
「助かりたいなら戦って勝ち取るんだな。そいつの命と自分の命、秤にかけたらどっちが大事かぐらい、わかるだろう?」
男がにやりと笑った。




「…ひど…い…っ!」

アイシェが力なく顔を覆った。
命の重さなんてみんな同じなのに。命の価値なんて比べることができないのに。
自分にはどうすることも出来ない。
無力だ。
ラグナを使うことも、腕を振りほどいて逃げ出すことさえも出来ない。
足手まといになっているのは自分だ。
本来の彼は、こんな場面で燻っているような人物ではないはずだ。





(────私さえ…)


「…ジェイ…っ! 私は、いいから…私のことはいいからっ、だから…っ、あうっ!!」
「うるさい! てめーは黙ってろっ!!」
素手で乱暴に殴りつけられる。
小さな体が派手に飛ばされ、床に叩きつけられた。
「アイシェっ!!!」
「お前はおとなしく言うことを聞いていればいいんだよ! よけーな口出しすんじゃねぇ!」
アイシェの長い髪を掴み引き上げた。
「…痛・・っ!!」
苦痛に顔が歪む。
「ラグナを使えないお前は、ただのひ弱な女だ。自分の立場、わかってんのか?
これ以上、余計な真似をすると、タダじゃ済まさんぞ?」
アイシェの体を乱暴に壁に押しやると、耳元に唇を押し付けた。
「俺はできるだけお前を傷つけたくねぇ。わかるだろう?」
骨太な指が頬に触れ、唇をなぞる。
「…イヤ…ぁっ!!」
そむけた顔を掴み、唇に触れるか触れないかの距離まで顔を寄せる。
ニヤリと厭らしい笑みを浮かべた後、手がアイシェの身体を弄り、押しつぶすように柔らかな胸の膨らみに触れた。
「…や───ッ!」
アイシェは不快な感触に顔を背けた。
吐き気がする。
「やめろっ!!」
「この期に及んでまでも女の心配か? なぁに、心配しなくても後で俺がたっぷり可愛がってやるよ。さあ、やるのかやらねーのかっ!?」
男の図太く大きな声が響いた。










「…俺には、できない────」

「じゃあ、おとなしく殺されるんだな?」


ジェイは与えられた剣さえ拾おうともしない。


「ジェイ…だめっ……」


ジェイが殺されるのはもちろん、エドとも争って欲しくない。
どうしようもない選択肢を前に、ただ泣くことしかできない自分が歯痒くてたまらない。






(誰か、助けて───!)










その時だった。



ガシャーーーンッッ!!
何かが割れたような音が響いて、空からガラスの破片がパラパラと降ってくる。


「甘ったれたこと言ってんじゃねーよ! このクソガキが!!」


突然降ってきた声に、そこにいた者全てが弾かれたように声の主を振り返った。
見上げた瞬間、割れたガラスの破片と共に人が飛び込んだ。
全ての隙をついた行動に、一同あっけにとられ躊躇した。






「自分の落とし前は自分でつけろ!! シャキッとせんかっ、坊主っ!!」



「────おっさん…!」


天窓から飛び込んできた意外な人物の登場に、ジェイは言葉を零す。





>>To Be Continued
| LOVE PHANTOM 第2章 | 22:37 | comments(0) | - |
LOVE PAHNTOM第2章  ファントム-1-

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第2章 ファントム-1-

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どれぐらい船に揺られていただろう。


はじめは小船で数時間だった。
ジェイは小船を出す前に腕を縛られ目隠しをされた。
視界が奪われ、逃げる手段を奪われた。
ここでじたばたしても無駄だろう。
むしろ悪あがきはしない方が利口だ。
向こうはこちらを必要としている。それがどういう理由かは分からない。だが会うまでは何もしてこないだろう。
アジトの手がかりが何も掴めていない今、絶対的不利な条件ではあるが、正面からアジトに乗り込める。
そう考えると、かえって好都合だった。


それよりも捕らわれたアイシェの方が心配だった。
取引の為の大事な人質だ。それまでは殺したりはしないだろう。
それよりも女として、弱い立場に追い込まれたりしていないだろうか、手荒な扱いを受けていないだろうか不安だ。
あるいはもしそんな状況に追い込まれた時、アイシェが呪術を使ってしまわないだろうか。
彼女のラグナの力ならその場は難なくしのげるだろう。
だがその先の保証がない。
呪術ひとつの力で女ひとりが切り抜けられるほど、甘くはないだろう。
力で抑え込まれたら、アイシェなどひとたまりもないのだから。
一緒にいたはずのエドも心配だ。

「…まさか、殺されてたりは、してないだろうな…」
小さく呟く。
「何か言ったか?」
見張りの男がこちらを振り返った。
目隠しをされていても、それぐらいは気配で感じ取れる。
「…何でもねーよ」
ジェイは黙り込んだ。
そんなこと、考えたくもない。
ふたりとも無事であって欲しい。
もう、自分の為に誰かが傷つくことなどあってはならない。


小船で数時間揺られた後、途中で船ごと、どこかの大きな船へと引き上げられた。
おそらく本船だ。
その後小さな部屋へ移され、腕を縛られ目隠しをされたまま見張られる状況にいた。

(────じたばたしてもしょうがねぇ。腹をくくるしかないな、こりゃ)

ジェイは決心を固めた。





□ □ □



数日して船はどこかの大陸、もしくは島へ着いた。
敵の集団は統率が取れていて、それぞれの役割をてきぱきこなす様子が耳からも伺えた。
こういう統率の取れた集団は厄介だ。
ジェイは小さく舌を鳴らす。

しばらくして船から降ろされ、どこかの建物へと連れて行かれた。
そこで初めて目隠しを外され、久しぶりの光に目を細める。
見たことのない地下牢のような部屋に、男がひとり立ちすくんでいた。




「…エド、か…?」
最初に視界に飛び込んできたのは懐かしい顔だった。
「ジェイ!!」
「無事だったんだな、よかった」
心底安心したように、息を吐いた。
「…ごめん、ジェイ。僕が付いていながらこんな事に…」
「済んだ事はしょーがねぇよ。こんな状況で無事なのは幸いだ。それより状況を説明してくれ」
その言葉にエドは頷くと、捕らわれるまでの状況を話し始めた。


「───じゃぁ渓谷に着く寸前で、二人して捕われたのか」
「…我ながら情けないよ。僕よりもアイシェの方が、強かったぐらいで…」
エドはがっくりと肩を落とす。
無理もない。
エドはもともと腕の立つほうではない。その上アイシェのラグナの力を目の当たりにしたのなら、なおさらだろう。
「彼女は無事なのか?」
「…わからない。だけど…だぶん殺されるような事はないと思う」
「どうしてわかる?」
いくら取引の為の人質だとしても、殺されないという保証はない。
セイラは殺されたのだ。
「…ここの統領が、その……アイシェの事をかなり、気に入ってた様子だったから…」
バツが悪そうに目を伏せて、エドが言葉を濁した。
その先は聞かなくても分かる。
命よりも貞操の方が危機かもしれない、ということだ。
「くそっ!」
ジェイは言葉を吐き捨てた。

こんなことになるのならあの時、側から離すべきではなかった。
危険を回避したつもりが、逆に更なる危険を呼び込んだ。
後悔しても悔やみきれない思いが、ジェイの中を駆け抜ける。


───失くす前に気づけよ?


船でジルが言っていた言葉を思い出した。


───赤い目の男に気をつけろ。






「…まさか───」
「ジェイ?」
「あのおっさん、グルかよ」
そう取れば忠告のつじつまが合う。
「ちくしょう!!」
ジェイは思い切り部屋のドアを蹴り上げた。




「何をしている!?」
ドアが開いた。
ふたりの様子に一瞬顔をしかめると。
「頭領がお呼びだ。来てもらおうか」
腕に刺青をした男はそう言って、ふたりを部屋から促した。
「願ったりだぜ」
ジェイは吐き捨てるように呟いて、男の後に続いた。



地下牢から階段を上がり、長い廊下を抜けると広間に着いた。
ラスラの地下に張り巡らされたアジトと違って、ここはそんなに大きな建物ではないらしい。
広間に入ったとたん、ムンと異臭が鼻をついた。

(────何だ、この匂いは)

ジェイは顔をしかめた。
まるで香を焚いたような、独特で癖のある匂い。
眩暈がしそうだ。
後から付いて来るエドを振り返ると、気づいていないのか平気な顔をしている。

(気のせいか…?)

ジェイは眉を寄せる。
鼻が慣れたのか、それとも気のせいだったのか、しばらくするとその匂いは感じなくなっていた。





広間の中央まで来ると、乱暴に体を突き放された。
急に支えがなくなってバランスを崩した体が、冷たい床に転がる。
「何すんだよっ!」
ジェイは荒々しく声を上げ、連れてきた男を睨みつけた。
「お前がジェイか」
その男とは反対の頭の上で声がした。
低く図太い声。
顔を上げると広間のずっと奥、一段高いところにまるで王宮の玉座にでも腰かけるような態度でひとりの男が座っていた。
がっちりとした風体に、赤茶けた髪を肩まで伸ばし、ふてぶてしいまでの偉そうで人を見下したような目。
分厚く浅黒い唇の端が小さく上がった。

「お前の噂はいろいろと聞いているが、こうして会うのは初めてだな?」
「あんたか」
皆が頭領と呼ぶ男。
セイラを攫いアイシェを攫い、自分の人生を狂わせた男。
目的の為には手段を選ばない。
体の底から震えがくる。
恐怖ではなく、怒りだ。


赤毛の男は見下したようにジェイを見つめると、ハッと乾いたような笑みを吐いた。
「いい目だ。こんな状況に置かれても、恐怖どころか怒りを露にするとはな。たいした度胸だ」
「俺に何の用だ?」
「お前は一級のトレジャーハンターだそうだな。お前の手にかかれば、解けない謎や手に入らない宝はない、と。その上腕も立つ」
「…それが何だ?」
「どうだ? 俺と手を組まないか」
「手を組む? 俺が?」
「そうだ」
「…目的は何だ?」
「あん?」
「別に俺じゃなくても、トレジャーハンターなんかそこいらにいるだろ。俺でなければならない理由は何だ?」
セイラを攫って、アイシェを攫ってまで手に入れたい宝。
人の命よりも尊いものなんてないのに。
「何を狙ってる?」
男がハッと笑った。
「勘がいいな、お前。さすが俺が見込んだだけの価値はある」
「…」
「まぁいい。その方が話は早い。
お前の腕を見込んで、手に入れたいものがある。───これだ」
赤毛の男は懐を弄ると、中から何かを取り出した。
シャラン。
その手から、鎖にかかった不思議な石が滑り落ちる。
何物にも変えがたい不思議な輝きを持つ翠の石。






「それは───」


今までに見た事のない神秘な輝きに、一瞬、我を忘れて息を飲んだ。
震えさえ沸き起こる。




「ファントムだ」
「…ファントム!?」

予想もしていなかった言葉に、ジェイは大きく目を見開いた。
ゴクリ、喉が鳴る。


ファントムは、トレジャーハンタを職業としている者に知らないものはない知名度の高い幻の石だ。
あまりに神秘的な輝きに、その石の創造者は神ではないかといわれるほど魅惑的な輝きを放つ。
元は翠色をした鉱石だが、見る角度やその時の状況によって銀色にも金色にも、時には七色にも見えるという輝石だ。
その不思議な輝きだけでも手に入れる価値が高い石だが、それ以上に危険を冒してまで手に入れたがる理由が存在する。
その石を手にすると、願いが叶うとも、不老不死を手に入れるとも世界を支配するとも言われている伝説の石。
しかし石にまつわる神話や伝説は数多く存在するが、どれも摩訶不思議な話すぎて現実味がない。
実際、手に入れた者の話を聞いたことがない。
それゆえファントムという名の通りその存在は幻影とも幻とも言われ、存在するか否かさえ未知に包まれていた。
それでもなお、石に魅せられ生涯をファントム捜索の為に費やす冒険家やトレジャーハンターも少なくない。
それに纏わる書物はジェイも山のように見てきた。
でもどれが真実なのかはわからない。





「本当にそれが…───」

ファントムなのだろうか。
トレジャーハンターが恋焦がれ追い求める石。
ジェイの父親もその石を追っていた。
よく父親が口にしていた輝石の名前。
それは忘れたくても忘れられない。


「ファントムは夢や幻ではない。神話の世界のものでもない。実在するんだよ、現実にな」
ジェイの様子に満足そうにほくそ笑みながら、石をチラつかせる。
「それをどこで…」
「少し興味が沸いたか? トレジャーハンターのお前なら、喉から手が出るほどほしいものだろ?」
「…それをどうするつもりだ?」
「お前は、この石の存在理由を知らんのか?」
「存在理由?」
そんなものは聞いた事がない。
石が存在するのに理由がいるのだろうか。
ファントムが実在することさえ、知らなかったというのに。


「まぁいい。それは追々説明してやるよ。
どうだ? 俺と組まんか? 資金も山のようにあるぞ? 恵まれた環境で捜索、発掘できるんだ。悪い話じゃないはずだ」
そう言って赤毛の男がニヤリと笑った。
ジェイの予想通りの反応に、満足した笑みを浮かべる。
この石を前に揺るがない者などいない。
そう思ったに違いなかった。
正直、気持ちが揺るがなかったといえば嘘になる。
あの石の輝きを前にした時、体が震えた。
父が恋焦がれてやまなかった、人生を棒に振ってまで追い続けたあの石が目の前にある。
幼い自分や家族を捨ててまで追い求めた石。
それが目の前にある。
手を伸ばせば、届く距離に───。



だからといって簡単に仲間を見捨てられるほど、自分は落ちぶれてはいないつもりだ。
目の前に餌をちらつかされて、本来の目的を忘れてしまうほど馬鹿じゃない。
ここに来た目的は、ファントムではない。



「────断る」


「何?」


男の眉がピクリと上がった。
「馬鹿馬鹿しい。大体それが本物だっていう証拠があるのか?
たとえ本物だったとしても、人間の屑に成り下がってまでそれを探す価値はない」
そんなのは真っ平ごめんだ。

「──そうか。
貴様は自分の置かれている状況が、わかってないみたいだな」
ハッと馬鹿にしたように短く笑うと、
「連れて来い!」
荒々しくそう言い放った。
それと同時に、その言葉をずっと待っていたかのように奥から声がした。


「いや…ッ! 離して…っ!!」
悲鳴に近い高い声。
おぼつかない足元で倒れそうな体を乱暴に掴まれ、部屋に連れ込られた小さな体。
長くしなやかな亜麻色の髪を振り乱し、頑なに首を振って抵抗する姿。
ガラス玉のように澄んだ大きな瞳が、こちらをふり返った。
視線があった瞬間、それが大きく見開かれる。








「…ジェ…イ……?」



小さな唇が名前を呟く。
その瞬間、ずっと緊張の糸を張り巡らせて強張っていた顔がゆるりと歪んで、崩れた。


「…アイシェ───!」


間違えなく、その少女はアイシェだった。
離れてから数日しか経っていないのに、ひどくやつれたような気がする。
健康的な血色のいい肌がひどく青白い。
何かに怯えたような瞳。
無傷ではあるが、精神的にかなり参っているようだった。





「どう…して……」


翡翠の瞳に涙が浮ぶ。
今にも泣き崩れてしまいそうな表情でじっとジェイを見据える。
溢れた涙が大きな瞳からこぼれ落ちそうだ。


「彼女を放せ。無関係なはずだ!」
「無関係? この女は大事な取引の為の人質だ」
「…あ…っ!」
赤毛の男は強引にアイシェの小さな体を引き寄せた。
細い首元に腕を回し、身動きが取れないように羽交い絞めにする。
「…っつ…」
アイシェが苦しそうに顔を歪めた。
少しでも腕に力を入れると簡単に首が折れてしまいそうだ。

「こいつ、いい女だと思わねぇか?
まだまだガキ臭いが、後二、三年もすればとびきりのいい女になる原石だ。そう容易くは手放せんなぁ」
厭らしい笑みを浮かべながらアイシェの細く白い腕を取り、手の甲に無理やり唇を押し当てた。
「いや…ぁっ!!」
アイシェが頑なに顔を背けた。
その顎を乱暴に掴み、再度自分の方へ顔を向けさせた。

「アイシェに触んな!!」
「…ジェ…イ…っ」
今にも泣き出しそうな表情でアイシェが名前を呟く。
大きな翠の瞳に涙の雫が光る。
「触るなだと? お前のものでもないくせに」
赤毛の男は不敵な笑みを浮かべ、なおも挑発するかのようにアイシェに触れていく。
「この瞳の輝きがまるで、ファントムのようだと思わんか? この目を見ていると、全てが俺の手中に収まる事を象徴しているかのようだ。勝利の女神として、ぜひわが手元に置きたい」
後ろから顎を掴み、顔を寄せる。
アイシェの体が恐怖に小さく身震いした。




「やめろっ!!!」

飛び出して殴りつけてやりたかった。
どうしてそんな気持ちが起こるのかわからない。
でも、アイシェに厭らしく触れるあの男がどうしても許せなかった。
胸ぐらを掴み、顔の識別がつかないくらい殴り飛ばしてやりたい。
その衝動でさえ、たやすく抑えつけられてしまう。
「放せよっ!!」
憤る体を男達が三人がかりで押さえつけ、床にねじ伏せた。

「この女がそんなに大事か?」
「…離せって、いってんだろ…ッ?」
「聞こえんなぁ?」
「それ以上、アイシェに何かしてみろ…」
「どうするつもりだ?」
勝ち誇ったような目で見下ろすようにジェイを一瞥すると、男はアイシェの首筋に唇を押し付けた。
「い、やぁ…っっ!!!」
アイシェは嫌悪に顔を歪め精一杯の抵抗を試みるが、その動きは簡単に封じ込められてしまう。
それどころか男の挑発はますますエスカレートし、アイシェのなめらかな肌を味わうかのように、細い首筋に舌を這わせていく。
ねっとりとした感触が体を駆け抜ける。
悪寒が走り、鳥肌が立った。



「や、めろ───ッッ!!」

ジェイの叫び声が響いた。
アイシェの首筋に唇を押し付けたまま、男がニヤリと笑った。

「どうだ、少しは気が変わったか?」
「ジェイ…っ、だめっ!!」
アイシェが激しく首を横に振るのが見えた。
「てめぇは黙ってな!」
「…ぐっ…」
その口元を大きな手で塞ぐ。
アイシェが苦しそうに顔をゆがめた。





「返事を聞こうか?」

男が笑った。
勝ち誇ったような自信たっぷりの笑みに、反吐が出そうだ。
男の腕の中で、大きな瞳に零れんばかりの涙を浮かべて、自分を見つめる小さな少女の姿。
散々嫌な思いをしてきたであろうに、それでも頑なに首を横に振る。
NOと言えという。
その姿があまりにも痛々しく、胸が激しく痛んだ。
今すぐにでも開放してやりたい。
無傷で解放できるなら、このまま裏世界で生きていくのも悪くないかもしれない。
資金もたんまりある。
恵まれた環境の中で、ファントムを探すのも悪くはない。

ただ。
こんな卑怯な形で屈服するのは、ジェイのプライドが許せなかった。







「どうだ、俺と組まんか?」







「────断るって言ってるだろッ!」



予想もしていなかった答えに、男の顔が思い切り歪んだ。








「…今、なんて、言った…?」


片眉がピクリと上がる。
「てめーの世話にはならねーし、屑の仲間になる気もさらさらねーよ! そこまで俺は落ちぶれちゃいない。馬鹿にすんな!」
脅されたからといって、簡単に揺れ動くほど落ちぶれたつもりはない。
何かを犠牲にしてまで手に入れるなんて、性分に合わない。
ファントムも手に入れて、アイシェも連れて帰る。
欲しいものはどんな事をしても手に入れる。
でもそれは、犠牲を払ってまで価値のあるものではない。




「…そうか。
おとなしく返事をしていれば、楽で贅沢な暮らしができたのになぁ。残念だ───」
「んんんんーーーーっ!!!」
アイシェの目が何かを訴えたげに、ジェイを見つめた。
その隣で男が最上級な不敵な笑みを浮かべたのが見えた。
その瞬間だった。



「…ッつ!?」

わき腹に激痛が走った。







「どういう…こと、だ…?」


押さえた掌から血が伝って落ちる。
ジェイはじわり、後ろを振り返る。








「…エ…ド…」

そこには昔から知っている顔があった。
手には短刀が握られ、刃先から赤い血が床へ滴り落ちる。
間違いなく床を赤く染める血は自分のものだ。




「…セイラの仇だ…」
エドが震える声で呟いた。


「…なに、を…」

偽りではなく、本心から出た言葉。
憎しみの炎を隠す事もせず、こちらを睨みつけていた。


「────死ね!!」

短刀を握りしめ、ジェイに向かう。
その光景をあざ笑うかのように、見下ろす赤毛の男の姿。



「嫌ぁぁぁっ!!!ジェイーーーーーっ!!」



アイシェの悲痛な叫びが、部屋中に響き渡った。





>>To Be Continued
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