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りくそらたのファンタジー小説おきば。
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LOVE PAHNTOM第4章 帰郷-1-

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第4章 帰郷-1-

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夢を見た。


どこまでも青を重ねたような、真っ暗な海の底へ堕ちていく夢。
海上は荒れ狂う嵐だというのに、漂う海の中はどこまでも穏やかで、まるで母親の腕に抱かれているような安堵感があった。
堕ちていく身体の周りからは、無数の泡が立ち上がり、珊瑚色の唇からは小さな泡が零れる。
海の中だというのに、不思議と苦しくはなかった。


(―――…ああ、私。泡になって消えちゃうんだ……)


天へと向けて伸ばした指の先から、泡になって消えていく。
もとある場所へ還って行く、そんな感覚が体を駆け抜けた。
碧い蒼い海面へと昇って行く真珠の泡は、やがてその色を虹の色に変えて、消えた―――。






□ 




目が覚めると、波の音と潮の香りがしなかった。
毎日見ていた雨漏りをしたような木の天井と明らかに違う、丸みを帯びた石をいくつも積み上げたような壁と、土を塗り固めたような天井が視界に映りこんだ。
「…ここは……」
アイシェは夢から覚めたばかりの身体を身じろがせ、そこからゆっくりと体を起した。
じわりと視線を彷徨わせ、辺りの様子を伺うが今いる場所に見覚えがない。
不安に駆られ、無意識に胸元の石を探る。
指の先に固い鉱石のような感触が触れ、それが無事であることに安堵の溜息が零れた。
「あ……」
衣服の間からそれを引き出そうとして、アイシェは目を見張った。
身につけていたはずの衣服は何も身につけておらず、代わりに薄い麻布の上着を羽織らされていた。
すっぽりと体を覆うそれは、見覚えのない男物の上着だった。
ジェイの物でもジルの物でもない。
「どうして……」
船の上での出来事が思い起こされる。
闇夜に出会った目尻の下がった優しい目の青年。
見た目の優しさと、物腰の柔らかさにまんまと騙され、気味の悪い薬を無理矢理、喉に流し込まれ、そのまま意識が途絶えた。
最後に見えたのは船上で見えた紫紺の空。




「―――気がついたか?」

不意に声を掛けられ、アイシェはビクと身体を強張らせ、思わず側にあったシーツを手繰り寄せた。
じわりと声がした方に顔を向けると扉のすぐ側で、湯気の上がる木彫りのカップを手にこちらを見下ろす男の姿があった。
「気分はどうだ?」
そう聞いた男の目が、優しく細められる。
ドクリと胸が跳ねた。


「…う、そ……どうして……」


声が震えた。
自分はまだ、夢を見ているのではないかと錯覚してしまいそうになる。


その男は見覚えがあった。よく知った顔だ。
赤茶けた真っ直ぐな髪を短く切りそろえ、横に流した前髪から覗くきりりと目じりの上がった凛々しい眉。
鋭い目鼻立ちの颯爽とした顔立ち。
一文字に引き結んだ唇の端に、微かに笑みを浮かべる。
共に村で育ち、アイシェを妹のように可愛がり、彼女自身も兄のように親友のように慕ってきた幼馴染。


「リンカーン…―――」

どうしてこんなところに。
リンカーンと呼ばれた男はアイシェの声に表情を緩めると、そっと歩みを寄せ、ベッドサイドに腰かけた。
彼の重みで、ギシと梁がきしむような音がしてベッドが軽く沈む。

「…私、どうして……? 何でリンカーンがここにいるの? ここは、どこなの!?」

すがりつくようにリンカーンの胸元を掴んで、アイシェは顔を寄せた。
不安に表情を歪ませ、大きな翡翠の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだった。
「いっぺんに聞くな。少し落ち着いたらどうだ?」
アイシェのまくし立てるような質問にも動じず、リンカーンは運んできた木彫りのカップをゆっくりとアイシェの手に握らせた。
ゆらゆらと白い湯気の立ち上るそれからは、甘い匂いが漂う。
「山羊のミルクに蜂蜜を入れたものだ。昔、よく飲んだだろう?
三日も眠ってたんだ。何か腹に入れて、落ち着いた方がいい。話はそれからでも遅くない」
そう言ってアイシェの前髪をかき上げゆっくりと頭を撫でた。
「…三日……」
船での出来事が、つい先ほどのような気がするのに、三日も経っていたなんて。
手元から漂ってくる匂いに、アイシェの腹の虫がぐぅと鳴いた。
何も欲しくないと思っていたのに、体は正直だ。
「美味しい…」
一口すすると、その温かさと懐かしさでゆるゆると緊張が溶け出す。
祖父がよくアイシェに入れてくれた味と何の変わりもない。
それを思い出すと、自然と表情が和らいだ。
その姿にリンカーンは安堵の溜息を落とし、ゆっくりと口を開いた。

「…無事でよかった―――」

強く鋭い瞳が優しく細められ、伸ばした手にそっと頬を撫でられる。
昔からよく知っているその優しい感触に安堵して、目尻に涙が溜まるような気がした。
今、泣いてはいけない。
村に帰るまでは―――と、心に決めた決心がぐらりと揺らぎそうになる。



「もう落ち着いたから大丈夫。話して。
ここはどこなの? どうしてリンカーンがこんなところに……」
「ここは大陸の北西の海岸、オグマだ。
アイシェが連れ去られてから俺は、ずっと行方を探していた。微かに発するラグナの波長を辿って。
途中、ひどく微弱になって見失ったが、一昨日、強い反応が現れてそれを辿ったら、海辺に打ち上げられたアイシェを見つけた」
「…オグマ……」
もともと村から一歩も出たことのなかったアイシェは、街や海岸の名前を言われても、いまいちピンとこない。
土地勘がほとんどないのだ。
唯一、知っていることといえば、自分が住む大陸の名前と村の名前。
あとはこの数ヶ月に足を踏み入れた、街と港の名前くらいだった。

「私…。マオの港に向かう予定だったの…」
国境を越え、ルキア王国の北西の港マオを目指す。
そこからロードを迂回し、風の渓谷へ向かうとジェイは言っていた。
おそらく船に乗っていた日数から考えても、航路の半分も進んでいないだろう。

「ねぇ。私の他に…誰かいなかった?その…男の人…とか……」
「アイシェ以外は、見ていない」
見つけても助けるつもりはない。
リンカーンはそんな口ぶりだった。
村の人間は、外の者との接触を極端に嫌う。
もしもアイシェ以外に海岸に打ち上げられていたとしても、リンカーンは見向きもしなかっただろう。


「ねえ、リンカーン。私をその海岸に、連れて行って欲しいの」
「行ってどうする?」
「…確かめたいことがあるから…」
行ったところで何もないのは、わかっている。
船が難破して流されたわけではない。
薬を飲まされ、自分だけが小船に乗せて流された。
荒れ狂う嵐の中を。
あの高波を超えて陸地にたどり着けただけでも奇跡だ。
神の加護に感謝しなければならない。

船は、ジェイ達は無事なのだろうか。
今頃きっと、アイシェが消えたことに気付いて探しまわっていることだろう。
勝手に消えてしまったことでまた、ジェイを裏切ったと思わせてしまったのではないだろうか。
あんなにも大事にしてくれた、命を懸けて守ってくれたジェイを裏切る形でなければと切に願わずにはいられない。
それに何よりも、ジェイが無事でいてくれれば、それだけで―――。


「駄目だ」


冷ややかな声が落とされた。
その言葉に、弾かれたようにアイシェは顔を上げる。
見上げた幼なじみの顔は険しかった。
「みんな心配している。早く戻って安心させてやったほうがいい」
「でも、私…、ある人達と一緒に船に乗ってたの。私を助けてくれた恩人。その人が村まで連れて帰ってくれるって…それで―――」
「それなら問題ないだろう。俺と会えた。村に戻る。送り届ける必要がなくなった」
「でも……っ!」
「誰を探しているのかは知らないが、外の者と接触するのは、禁じられていたはずだろう?はぐれてしまったのなら好都合だ。探す必要はない」
溜息と共に声が漏れた。
呆れている。
冷ややかに言い放ったその横顔は、頑として譲らないアイシェのよく知った顔だった。
リンカーンが気難しい祖父以上に頑固な性格なのは、よく知っている。


「…どうして……? どうして、外の人と接触したらいけないっていうの?」

祖父もリンカーンも、村の人々もみんなそうだ。
口をそろえて外の者は危険だという。
理由を告げることもせず、ただ駄目だの一点張り。
「今ここで、話す事じゃない」
リンカーンは首を横に振るばかりで、取り合ってくれない。
何も知らないくせに―――!と、押さえつけるばかりのリンカーンに腹立たしささえ感じる。
いつも毅然とした態度を示し、堂堂としているリンカーンの事は尊敬していたし、彼の言う事は常に正しいと思っていた。
反抗などしたことなかったし、しようとも思わなかった。
彼の言う事はいつも真実だったから。
でも違う。
村から出て、初めて外の世界を見た。
確かに、祖父やリンカーンが言うように外の世界は危険が満ち溢れていて楽しいものばかりではなかった。
アイシェが触れた世界は、常に危険と隣りあわせの日々。
強欲で、己の利益の為に平気で人を傷つけ、奪い、命さえ踏み台にして伸し上る。
争いもなく平穏無事に暮らしてきたアイシェにとって、それは恐怖でしかなかった。
人々の醜い争いや心の闇を目の当りにするたびに、怖くて怖くて仕方がなかった。
早くそこから逃げ出したくてしょうがなかった。
けれど、外の人間がそういう者ばかりでないことも知った。
見ず知らずの自分に、見返りもなく手を差し伸べ、導き、危険から救い出してくれる。
家族以外の誰かの為に、何かをしてあげたいと思わせてくれる人に初めて出会った。
行き場を見失った自分に、居場所を与えてくれたのはジェイだ。
心細かった毎日に、彼の存在がどれだけ救いになったことか―――。


「せめて船が無事着いたかどうか、みんなは無事なのかどうかぐらい、確かめさせて!」
「駄目だと言ったら駄目だ」
リンカーンは頑として首を縦に振ろうとしない。
何も知らないくせに。
理解しようともしないくせに、否定されることがアイシェには許せなかった。


「知らない世界に放り出されて、一人ぼっちで。右も左もわからなくて……。
私がどれだけ不安だったのか、リンカーンにはわかるの!?」
「だから探しに来たんだろう」
「…そんなの……っ!
私が助けて欲しい時に、リンカーンは側にいてくれなかったじゃない―――!」


言ってはいけないことを言ってしまった―――という自覚はあった。
じっと自分を見据えるリンカーンの目が一瞬、揺らいだ気がした。
でも、口にしてしまった事は、今さら取り消せない。


「勝手にしろ」


冷たくそういい残して、リンカーンは扉の向こうに消えた。



>>To Be Continued

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