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りくそらたのファンタジー小説おきば。
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LOVE PAHNTOM第4章 帰郷-5-
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第4章 帰郷-5-

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「アイシェ、少し話せるか?」
どれくらい長い間、泣いていたのかわからない。
祖父にそう優しく問いかけられ、アイシェは顔を上げて深く頷いた。
ガランは深く皺の刻み込まれた手でアイシェの涙の跡を優しくぬぐってやると、サイドテーブルに置かれた水差しから水を汲み、グラスをアイシェに手渡した。
ひどく泣いたので顔はむくみ、喉はカラカラだった。
泣き疲れた喉を潤すと、少し落ち着いた。
けれど身体は気だるく、意識も重い。
住み慣れた故郷に帰ってきた安堵感と、今までの疲れ、リンカーンのラグナで眠らされた影響ですでにアイシェの体力は限界に近かった。
本当はこのままベッドに身体を預け、深い眠りにつきたいところだがそうもいかない。
アイシェの左の薬指に輝く制御の指輪が、心をせかせる。
少しでも危険を回避できるのならば、話すのは早いほうがいい。
それにアイシェ自身、聞きたいこともたくさんあった。

アイシェは自分に起きた出来事を順を追って話した。
アサシンに攫われたこと。
その者たちは、アイシェの持つ石の存在を知っていて手に入れようとしていること。
底知れぬラグナを自在に操り、よからぬ事を企む紅い目の男。
指輪によって封印されたラグナの力。
ジェイやジルに助けてもらいここまで生き延びてこられたこと。
船で出会った謎の青年の言葉。
アイシェが外の世界で見て、触れてきたことを全て。



「…そうか。だいたいの事はわかった。辛く、大変な思いをしたな」
アイシェがこれまで味わった恐怖や不安、苦痛を思うと何とも居た堪れない。
そんな思いでガランは再度、アイシェの頭を撫でてやった。
今までの出来事を吐き出すことで不安が取り除かれたわけではないが、少しアイシェの心も軽くなった。
「あとは村の若い衆で手を打とう。今日はもう、アイシェは休みなさい」
「でも…!」
聞きたいことは山のようにある。
アイシェには分からないことだらけだ。
「村の警備は万全じゃ。結界も張ってある。この中にいれば、向こうもそう簡単には手出しできまい。今後、相手がどう出てくるかわからぬ。
もしもの時の為に、休めるうちに休んでおく方がよい」
「どうして…?どうしてこの石が狙われているの?私の持つファントムって何?どうしてそんな大事な石を私が持ってるの!?」
祖父が早くに話を切り上げたがっていることがアイシェにも伝わり、聞きたい質問が怒涛のように溢れる。
このままでは話がうやむやになってしまいそうな予感がして、アイシェは祖父にしがみついた。
「おじいちゃんなら知ってるって、だから私、帰ってきたの!」

しばらく沈黙が続いて、不安を吐き出すような溜息が祖父の口から零れた。
「アイシェよ。お前がファントムの存在を不思議に思い、不安を感じているのはよくわかる。
だがな、今はその疲れた身体を休めることの方が先じゃ。今、そうやって身体を起こしているだけでも辛いのではないか?」
祖父の言うとおりだった。
慣れない旅で今までずっと緊張していた身体。
限界まで蓄積された疲労。
精神的にも肉体的にも、自分の限界が近いことがよくわかる。
村へ戻ってきた安堵感から、外で気を張り詰めていた時以上に、疲れを感じる。
今もし、村が襲われたとしても逃げ出す力さえアイシェには残っていないだろう。
「そんなボロボロの身体では、動くことも充分でない。もし、何かあった時にそんな状態では困る。かえって足手まといになるだけじゃ。
知ることだけが大事ではないのだよ。身体がついていかぬのなら何をしても話しにならぬ」
「……」
「話さぬと言っているわけではない。体力が回復すれば、ちゃんと話そう。約束する」
祖父が嘘をつくのを見た事がない。
優しくそう約束されるとアイシェはもう、素直に従うしかなかった。


「安心して休みなさい」


ガランの手に導かれるように、アイシェは眠りに落ちた。
よほど疲れていたのだろう。
気持ちを落ち着かせるように頭を撫でてやると、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
枕もとの灯りを落とし、掛け布をそっと掛けてやる。
規則正しく上下する胸元で、アイシェの首に掛けたブロンズの首飾りが鈍い光を放った。
アイシェを起こさぬようそっと手に取り蓋を開けると、中から親指の爪ほどの大きさの石が転がり落ちた。
光の少ない暗闇の中で、なおもそれは神秘な光を放つ。
先ほどまで瞳を潤ませて話していた孫娘の瞳によく似たエメラルドの輝きだった。


「―――リンカーンよ。ずっとそこにおるのじゃろ?姿を見せんか」
ゆらりと影が動いて、扉の向こうから長身の男が顔を覗かせた。
「立ち聞きとは、趣味が悪いな」
「すみません。席を外すように言われたので、つい…」
「気が急く―――か?
何事にも冷静沈着でいられるそなたが、珍しい」
「……」
「まあ、よい。聞いていたのなら話は早い。どちらにしろそなたにも話さなければならない話じゃ」
そう言ってガランは扉の前で立直しているリンカーンを部屋に招きいれた。

物音を立てることなくそっと歩みを寄せると、あどけない寝顔を浮べてすやすやと眠るアイシェの姿が、視界に映りこんだ。
形のよい桃色の唇からは、スースーと心地の良い寝息が零れる。
ただ村へ早く戻ることだけを考えて歩いてきた五日間。
慣れない野宿で気を張り詰めていたアイシェの寝顔とは違う安心しきったその表情。
無理強いをしてまで連れ戻したことに間違いはなかったのだと、安堵の息が零れた。
やはりアイシェはここにいるのが一番幸せなのだ、と。

「どう思う?」
同じようにそれを眺めながら、ガランが小さな声で尋ねた。
「…向こうはこちらの手の内を知り尽くしている―――と考えて間違いないでしょう。石の存在価値もアイシェとファントムとの関連性も、全て知った上で手に入れて、何かをしようと企んでいる。
そしてもう、この村は安全ではなくなった―――と…」
その率直な物言いに、ガランは苦笑いを浮かべた。
「アイシェと石が戻ってきた今、遅かれ早かれ、この村は危険にさらされる。アイシェがここから攫われた時点で、もう安全ではなくなっているのですから」
「そうじゃのぅ。あの結界を潜り抜けて、アイシェを連れ出すことは不可能であったはずじゃ。万が一にも村の存在が見つかることもなかった。
だが…いとも簡単にアイシェはここから連れ去られた。それがどういうことを指し示すかわかるか?」
「村の者の中に、内通者がいる―――」
「間違いないじゃろう」
「………」
「それよりも。今、一番気がかりなのは指輪じゃ」
「指輪?」
「この子のラグナが脅威であるにせよ、どうしてそれを封印する必要があったのだ? 石とアイシェの利用価値を知りながらも、なぜまたそれを手離した?
そこに相手の意図する陰謀が見え隠れしているようにしか思えぬ」
穏やかに上下する胸元で組まれたアイシェの指に輝く銀の指輪。
そこに刻み込まれた文字と、埋め込まれた紫色の水晶が閉ざされた闇の中で不気味に光を放っていた。
光の中よりも闇の中でこそ、より光を放っているように思える。
得体の知れない指輪がアイシェの指にはまっていると考えるだけでもおぞましい。
「例の調査は進んでおるのか?」
「めぼしい者の名前が数名、上がっております」
「そうか……」
ガランは険しい顔つきで考え込むように口元に手を当てた。
「アイシェが戻ってきた今、何もないでは済まされぬことはおぬしもよくわかっているだろう。この事は他の者には決して口外せぬよう、穏便に事を進めてくれ。早急に、じゃ」
「はい」
「誰が黒かわからぬ今、そなただけが頼りじゃ。お前が、アイシェを守るのじゃ。頼んだぞ」
深く溜息をつきながらリンカーンの肩を軽く叩くと、ガランは自室へと戻っていった。
部屋にはリンカーンのみ取り残される。
アイシェは事の重大さなど何も知らぬかのように、穏やかな寝息を立てながら眠っている。
本当なら何も知らないままの方が幸せだっただろう。
これも石の定めた運命なのだろうか。
リンカーンはあどけない寝顔を浮かべるアイシェのベッドの横に腰を降ろし、そっとその頬に触れた。
赤ん坊のように滑らかで柔らかな頬をなぞり、そっと唇に触れると、
「う、ん…」
と艶のある声が零れた。
紅を引き香油を身に纏い、着飾った村の娘達とは違って、アイシェには素朴な美しさがある。
寝息の零れる素肌の唇は、紅なんか引かなくても熟れた果実のように朱く、みずみずしい。
指で触れても柔らかで心地よい手触りなのだ。
じかに唇で触れて、その感触を味わいたくなる。

ふいに暗闇に手が伸びた。
眠っているはずのアイシェの細く白い腕が宙を舞い、まるで何かを求めるように空虚を彷徨う。
夢でもみているのだろうか。
先ほどまで穏やかな寝息を立てていた寝顔が、額に汗を浮べ、表情を歪めた。
「…アイシェ?」
頬に触れ、声を掛けるが目覚める気配はない。
深い眠りに落ちた意識の狭間で手を伸ばし、何かを訴えるかのように身体をよじる。
「アイ…―――っ!?」
細い腕がリンカーンの身体を捉え、強く引き寄せた。
突然の行為に、思わずアイシェの身体の上にうつ伏してしまいそうになるのをかろうじて堪えた。

「アイシェ、平気か?アイシェ…」

目覚めぬ意識の向こうにそっと声を掛けてやる。
よほど恐ろしい夢でも見ているのか、額には玉のような汗が滲み、亜麻色の髪が頬に張り付いている。
起こした方がいいのだろうか。
リンカーンは汗ばむアイシェの背中に腕を回し、そっと身体を起こそうとした。
リンカーンの首に回った細い腕に、一層力が入る。

「―――っ…ジェイ……」

目尻から零れた一筋の涙と共に、切ない声が漏れた。
一度零れたその名前をうわ言のように、ただ繰り返す。


今までずっと妹のように、家族のように大事に可愛がってきたアイシェが、しばらく離れている間に随分と大人びて、女性らしくなった。
こんな表情もするのか、と心奪われる時もある。
そういう憂いのある表情を見せるのは、決まってある人物の名前が話に出たときだ。
何度となく聞いた、ジェイという名前。
幾度もアイシェを危機から救い、共に歩み、ここまで導いてきた男だ。
素性はよく知らない。
けれどその男に対し、アイシェが淡い恋心を抱いているのは確かだ。
表情を見ていればわかる。

起こしかけたアイシェの身体をベッドへと戻し、頬を伝う涙を指で拭う。
それでもなお、アイシェの唇からはうわ言のように男の名前が繰り返された。
生まれ育った村を捨ててまで、アイシェはその男のところへ戻ろうとした。
祖父のガランよりも、生まれ育った故郷よりも、自分よりも。
ジェイという男が愛おしい―――と。



リンカーンはアイシェに覆いかぶさるように身体を伏せた。
アイシェの口からもう、その男の名前は聞きたくない。
切ない声で涙を流しながら。
自分以外の男の名前など、呼んでほしくなかった。



だから、口を塞いだ―――。




>>To Be Continued


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